自分の20代の何もやってなさ加減に嫌気が差す
最近、ようやく自分の想いを人に伝えるということに意識が向いてきた。
しかし、自分の想いを人に伝えるとなると
ツールが話すか文章を書くくらいしか方法がない。
自分の表現手段の少なさに愕然とする。
あまりに自分がそういった手段を持っていないものだから、「一体この長い間、自分はなにをやっていたんだ」と自分の今までの人生を後悔した。
ずっとずっと、ブログなり動画編集なりそれとパソコンでできる表現手段は無数にあったにもかかわらず、それを使っていなかった怠慢や自分にもきっとできると分かっていながらも、そういった手段を勉強しなかった自分はかなり嫌いだ。
20代の頃に勉強していれば
今頃、自分の想いを今よりも人に簡単に伝えられたであろうに。
表現手段を勉強していれば、今頃どんな仕事でもこなせただろうに。
自分を伝えるということを全然してこなかった自分を責めざるを得ない。
ずっと今まで自分の人生を諦めてきたし、自分の想いなど伝える価値もないと思っていたから、その手段を覚えるモチベーションが湧かなかったのも事実だが、やっぱりそれでも自分の表現の幅や拙さにもう嫌気が差して、ほんと死にたくなるくらい悔しくなる。
「なんで今までやって来なかったんだ」
「なんで今までやって来なかったんだ」
そんな想いが頭を駆け巡る
でも、それをしなければならない状況も
実際なかったのも事実だし、ようやく自分にその時期が来たのか。といったところが正直なところ。
今のパートナーも自分の才能を認識しながらもその才能を充分に発揮できなかった無念さを抱えているし、同じ共通の課題を抱えているんだなと思った。
ただ、そんなに悲観視はしてない
ようやく、今までの悔しい想いが表に出てきて
それを今回、表現できたことは誠に嬉しい。
この悔しい想いを心のどこかでは感じていたが、なかなか表に出すことができなかった。
それを感じてしまうのが認めてしまうのがどうしても怖かった。
でも今回こうやって表現できたことは素直に嬉しい。
これから、自分自身をどうやって表現していこうか。自分の想いを伝えるというのはどういうことなのか。
そこに意識が向くのは今までなかった領域なので、そこはただ単純に嬉しい。
自分はなにを想い
そして自分はどう伝えるのか
そして人にどう思ってほしいのか
それを探す旅が今から始まる